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「パンの王国」

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高校生のころ、ドイツ人宅にホームステイをしていたわたしの毎朝の日課は、まだ朝も暗いうちから焼きたてのパン
を買いにいくことだった。パンといってもいろいろあるが、ドイツの一般的な朝食用のパンといえば、手のひらに乗
るくらいの、日本のロールパンより一回り大きなブレートヒェンとよばれる白パンだ(これも地方によってよび方が
異なり、南ドイツではゼンメル、ベルリンではシュリッペンとよぶ)。なにしろ、パンを買いにいかないことには朝
食ができないのだから、そうかんたんにサボれない。どうせ毎朝食べるなら、数日分買いだめしておけばよさそうな
ものだが、このブレートヒェンは焼いたその日のうちに食べないと、翌日には乾燥してカチンカチン、まさに歯が立
たないほど硬くなってしまう。冷凍しておいてあたためなおすという手もあるが、やはりほかほかの焼きたてに比べ
れば味が落ちる。だから雨だろうと、雪だろうと毎朝パンを買いにいき、いかない日があると翌朝パン屋のおかみさ
んに「昨日はどうしたの?」といわれたものだった。思うにこの「朝、パンを買いに行く」のは、おそらくドイツ全
土に定着している習慣で、立派にドイツの伝統といってもいいのではないだろうか。スキー場にいってもペンション
の大家さんが「明日の朝食、パンいくつ?」と前の晩に注文を取りにきて、毎朝ホカホカのパンを届けてくれた。ド
イツの街にパン屋がやたら多く、どこも朝早くから店を開けているのも、こういう事情を考えるとうなずける。
 でも、正直いって毎朝パンを買いにいく、というのはかなり面倒なことだ。もともと朝が苦手で5分でも長く寝て
いたいわたしにそれができたのも、このころは毎朝学校へ行き、規則正しい生活をしていたからだろう。ホームステ
イ生活が終わり、大学生としてボンに移ってからは規則正しいとはいいがたい毎日だったので、アパートをシェアし
ていたルームメイトとは、朝早い講義に出たほうが帰りにパンを買ってくるかも、といういいかげんな朝食モラルに
なり、だんだん「焼きたてのパンで朝食」から遠ざかってしまった。かわりにパックで売っているトーストなどのパ
ンですますのだが、保存がきいて便利なかわりに、やはり味はどうしても焼きたてパンにはるか及ばない。
 さて、いまのベルリンのアパートに越してくると、近所の買い物通りはパン屋の激戦地だった。隣人たちに「どこ
のパン屋で買っているの?」とたずねたくらいだ。すると、同じ建物に住んでいてもみんなひいきのパン屋はさまざ
まで、なかにはけっこう遠い店まで通っている人もいた。みんな、なかなかのこだわりぶりである。
 しかし、結局どのおすすめ店もわが家の日常的なひいき店とはならなかった。すぐ隣に非常に便利なキオスクがあ
ったからだ。キオスクといえばふつう、新聞・雑誌、タバコ、飲料水などをメインに売っているだけだが、この店の
オーナーは勤勉な韓国人で、ここにいけば、まるで日本のコンビニ並になんでも手にはいる。ミルク、ハム、チーズ、
卵などの食料品からトイレットペーパーなどの日用品、それに宝くじだって買える。そして毎朝、焼きたてのパンが
あるのだ。専門のパン屋じゃないがちゃんとそこで焼いていて、おいしい!こんなに近いとなると、面倒くさがりの
わたしでも買いにいける。すると、あれほどいろんなパン屋をすすめてくれたこだわり派の隣人も、なんのことはな
い、ねむそうな目をこすりながら、ほとんどパジャマ同然のかっこうでここのパンを買っているではないか。パン屋
がいちばん恐るべき商売敵は、案外こういう近所の便利なキオスクなのかもしれない。   ©Sakae Kimoto


ドイツのパン消費量はヨーロッパでダントツ。年間650万トンものパンが焼かれ、 一人あたりの年間消費量は80キロを超える(欧州全体の平均は66キロ)。

うちの近所のパン屋さんの数は優に10軒はこえ、パン屋にはいると、今度はその種類の多さに目移りしてしまう。



オーガニック系のパンも根強い人気。

わが家が毎日のように利用する隣のキオスク。焼きたてのパンも手にはいるのが魅力。

クロワッサン、ブレーツェル、バウエルンブロート、 そしてブレートヒェンと、種類によってちがう店で買うのが我が家流。
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